筥崎宮
筥崎宮は宇佐・石清水両八幡宮と共に日本三大八幡で、醍醐天皇の延長元年 (923年)に創建さました。祭神は応神天皇(八幡大神)で相殿には神功皇后・ 玉依姫命が祭られています。 戦国時代末・博多復興時の天正十五年(1587年)には豊臣秀吉が千利休を招き 茶会を開きました。その際、千利休が寄進したとも伝えられる石灯籠が残っています。 境内にはその他、元寇で蒙古軍船のイカリとして使用された碇石が展示されています。 また、9月の中旬には福岡三代祭りの一つ「放生会」がとり行なわれ、参道には数 百の露天が立ち並び多くの見物客で賑わいます。

秋季大祭「放生会」



楼  門

楼門は文禄三年(1594年)小早川隆景によって造営され、 本殿・拝殿と共に重要文化財に指定されています。




拝  殿

本殿・拝殿は天文十五年(1526年)に大内義隆によって再建されたものです。 箱崎浜で採ったお汐井(浜の砂)を神前に供えると御利益があるそうです。




蒙古軍船碇石

文永11年(西暦1274年)10月20日 蒙古軍3万は900隻の艦船に乗って博多に 迫り、終日わが軍と激戦を交え、本宮も兵火によって、焼失したのであったが、翌21日朝 には以外にも湾内から姿を消してしまった。世上これは神風によるものだという。
 ・・・・・ 案内板より
当時は、木材と組み合わせて使用されていました。博多湾中央波止場付近からは他に5つ の碇石が発見されています。(県指定有形文化財)